2017年4月23日日曜日

③ モーゼの十戒

《 モーゼの十戒 》
 ノアから11代目にあたるアブラム(=アブラハム)が75歳のとき、チグリス、ユーフラテス川の北西にあるカナンの地を神から与えられ、イスラエル民族の祖となった。
 アブラムの孫ヤコブ(=イスラエル)の時代に世界規模の飢饉が発生し、彼らはカナンを離れてエジプトに移りすんだ。ファラオからゴシュエンの地に住むことを許されたイスラエルの民は、しだいに数を増しついには成人男性だけで60万人に達した。そして、彼らの数と力を恐れたファラオからしだいに過酷な労働を強いられるようになった。

 カナンを離れて430年が過ぎた頃。神の啓示を受けたモーゼが帰郷を願い出たが、許されなかった。ファラオにとってイスラエルの民は、重要な労働力だったからだ。モーゼは神の意志であることを示すために、杖をヘビにかえたり、町中にカエルをあふれさせたりする等の奇蹟を行ってみせたが、ファラオ側の魔術師も同じことをして対抗するので、しだいエスカレートし、ついには疫病や蝗害を呼び寄せるまでになった。緑を喰い尽くされ国中が暗闇に覆われるに及んで、ファラオもやっと観念しイスラエルの民の出国を許した。

 イスラエル民族のカナンへの旅は苦難の連続だった。神が与えてくれるマナを食糧に荒れ地を歩き続けた。ことある毎に不平や神への不信を口にする民に対して、神は途中のシナイ山で、守るべき基本的な十の戒めをモーゼに与えた。それに続いて祭事の作法を、祭壇等の寸法や製法も指定しながらこと細かに示していたが、その最中にも民は十戒のひとつを破りうかれ騒いでしまった。
 「皆殺しにしてやる」と怒る神を、モーゼは懸命に説得し事なきを得る。一方で、民を諭し神の幕屋の建設にとりかかった。このようにしながら40年をかけて、ヨルダン川のほとりまでたどり着くことができた。向こう岸にカナンの地を望みながらモーゼは生涯を閉じるのだが、神と顔を合わせて話す彼のような預言者は、その後現れることがなかった。

 さて、古代イスラエル人の宗教からユダヤ教、キリスト教、イスラム教が生まれるのだが、この神は、世界の他の神々とはまったく異なっている。他の神々は自然の力を擬人化したもので、自然から生まれ成長し子を産みやがて死ぬ。しかし、イスラエルの神は生きて人格を持ちながら、生まれも成長もしない、女神という言葉さえない。自然に対して完全な支配力を持ち、歴史をも支配する唯一で絶対的な主である。

 古代イスラエルの神は二者択一の神である。YesかNoか、契約を守るのか守らないのか。契約を破ったと判定されれば、ノアの洪水やソドムとゴモラのように皆殺しにされる。この厳密さが、後の論理学や数学の発展につながり、ヨーロッパ諸国が論争の技術を重視し、さらには国家規模の論争の結果として国際法を発展させる礎となった。
この項では「ドレの旧約聖書」(宝島社)
と「数学嫌いな人のための数学」    
(小室直樹 東陽経済新聞社)
を参考にしました


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