2018年5月18日金曜日

⑰ ローマ帝国(7)「背教者ユリアヌス」市井の人々


 
辻邦生氏の小説「背教者ユリアヌス」には、印象的な人物やエピソードがたくさん描かれていますが、先にアップした「あらすじ」では皇帝と宮廷内のできごとが中心になり、
庶民のくらしについてあまり触れることができませんでした。そこで、今回は物語の中から市井の人々のくらしについて、象徴的と思えるエピソードを書き出してみました。


 最盛期を過ぎたローマでは、重税や徴発・苦役に喘ぐ人々が増大していた。そのような中、コンスタンティウスⅠ世のキリスト教優遇策が功を奏し、聖職者たちから「神が民衆の父であるように、皇帝も民衆の父である」と讃えられるようになった。
 今では、宮廷や地方の役人になるにも、キリスト教の洗礼を受けることが通例になっていた。このような風潮に反発を感じる者も、それをうかつに表明すれば皇帝侮辱罪や反逆罪に問われかねない状況だった。

ペガスス司教
 エーゲ海近くの小さな村イリオンの司教。ここは古代ギリシア伝説の地で、アテナ女神の神殿や英雄アキレスの墓所などが残されている。
 最近は、荒れ果てたまま放置されている神殿も多いのだが、ここではきちんと管理され、供物も捧げられている。
 それはペガススが、キリスト教の司教でありながら、これら異教の神々にも敬意を払いひっそりと守ってきたからだ。本人は秘密にしているが、村人の中にはそれを噂する者もいた。

ゲミニウス老人
 アンティオキア付近の小さな町に住む老人。疾走する馬車から轢かれそうになった幼児を救い、腹立ちまぎれに石を投げつけたが、それが副帝ガルスと妃を乗せた馬車であったために侮辱罪で宮廷に引き立てられた。耳をそがれ目をくり抜かれた後、八つ裂きにされた。さらに、彼の住む町の住人全員も町もろとも焼き殺された。

ディア
 帝国の各地を巡る軽業師一座の娘。自他ともに認めるローマ随一の軽業師に成長し、その名誉をかけて立った証言台で、ユリアヌスの無実とともに彼に対する恋心まで告白することになった。この裁判の後も、様々な場面でユリアヌスを励まし、支える。

ヒッピア
 哲学者ブリスクスの妻。子どもたちの将来や実家の父母の暮らし向きなど、日常の中にある漠然とした不安や悩みは、ギリシア神への礼拝では解消されないと感じている。
 心の傷ついたときには、ギリシアの高雅な文章や美しい彫刻より、キリスト教の飾りのない確信に満ちた言葉に安らぎを覚え、心をひかれているが、良人の意志を尊重しキリスト教徒にはならないでいる。

宮廷理髪師
 皇帝となったユリアヌスが調髪のために呼んだ理髪師。金糸で縫い取りをした華美な服装で、たくさんの従者を伴っている。ハサミを捧げ持つ男、カミソリを差し出す男、布切れを手にした男、たらいを抱えた男、さらには、団扇を持つ男、天蓋を支える男たちなどを従え、月々の報酬は一万デナーリ。さらには、20人以上の従者を養うための特別手当と調髪の度ごとの臨時手当、数万デナーリを得る。
 ユリアヌスは「宮廷に巣食う蛭め」と激怒するが、自分以外にも家具師、衣裳師、靴師など同等かそれ以上の手当を受けているものが多数いると語る。

アンティオキアの若者
 ユリアヌス帝はダフネ神域をローマ神教の中心地にしたいと考え、毎日100頭の牛を献納するよう命じた。アンティオキア住民の多くは皇帝の強引なやり方に不満を抱き、様々な場面で悪口をいったり揶揄したりするようになった。
 ある若者は、自分の猿を「ユリアヌス」と名づけ、広場で住民たちと笑い者にしていたが、ユリアヌスの親友ゾナスに見咎められ張りとばされた。

0 件のコメント:

コメントを投稿