2018年12月26日水曜日

⑱ ローマ帝国(8の上)「ヒュパティア①」


 ヒュパティアは古代アレクサンドリアの女性哲学者。数学や天文学についても研究を行っていた。415年の3月、学園に向かう途中、キリスト教徒の集団によって馬車から引きずり出され虐殺された。
 当時、ローマ帝国のキリスト教化に対して、もっとも抵抗を示していたのは、ギリシア古典に通じた教養人たちだった。その代表ともいえる博識で美しい女性哲学者の悲劇的な死は、古代から中世への移り変わりを象徴する事件とも言える。
 一方で、小説「ヒュパティア 古い相貌の新たなる論敵」には、古代ギリシアの哲学が当時の民衆(=キリスト教徒)に見すてられたのはなぜか?についても語られている。

◯ ピラモンの旅立ち
 ピラモンはアレクサンドリアから300マイル(約500km)ほど離れた、ナイル川沿いにくらす青年修道士。ものごころのついた時から、この砂漠のほとりにある人里離れた修道院で、共同生活を続けており、これまでは女性にも会ったことがなかった。
 ある日、たきぎ拾いのために立ち入った古代の神殿跡でギリシア神像や彫刻を目にし、異教徒であるこの人たちは皆、今も地獄の業火にさらされているのだ、と同情する一方で、まだ見ぬ世界・知識に強い憧れを抱いた。

ローマを掠奪するゴート族
 修道院に戻ったピラモンは、老師アルセニウスに「広い世界を見たい、世を悔い改めさせたい」との思いを告げる。5世紀のローマは、西ゴート族の王アラリックによって皇帝が廃位され略奪を受けるなど、大きな混乱の中にあった。アルセニウスは、これらの危難を避けてこの地まで逃れてきた者の一人だった。彼は、アレクサンドリアの大司教キュリロスに宛てた紹介状を持たせ、涙ながらにピラモンの旅立ちを見送った。

 ナイル川を下って2日目。手負いの河馬に小舟を壊されたピラモンは、ゴート族の一団に救い上げられた。彼らは、アレクサンドリアの都督オレステスの口車に乗せられ、神々の都アースガルズを目指す途中だった。はじめは、彼らの慰み者として殺されそうになるが、老勇のヴルフに勇気を認められ仲間に入る。正直だが掠奪や殺人を意にも介さない乱暴者たちは、上流には砂漠しかないことを知り引き返すことにする。
 別れ際に、ピラモンはゴート族の若き首領アマールの愛人、踊り子のペラギアが自分と似た生い立ちであることを知るが、「女性は悪魔に等しい避けるべきもの」として育った彼は、気に留めることなく早々に立ち去る。

◯ アレクサンドリア
アレクサンドリアの大灯台
高さ120m、部屋数300室以上
と言われている。
 司教キュリロスは住民の3分の2にあたる信徒の力を背景に、アレクサンドリアを支配したいと考えていた。彼にとって、女性哲学者ヒュパティアは都督オレステスとともに野望の妨げであった。彼女が講義を行うムーセイオンは、「アレクサンドリア図書館」で知られるヘレニズム文化の中心で、ギリシアの詩歌・思想を伝える総合的な学術施設だったが、キュリロスにとっては、悪魔が天使の猿真似をする、魔王の劇場であった。
 ピラモンが教会を訪ねたその日、3人の信者がユダヤ人の一団によって虐殺される事件が起きた。ローマ兵も出動する騒ぎとなり、司教キュリロスは報復として「ユダヤ人街での掠奪を許す」との通達を発した。

 裕福なユダヤ人ラファエルは、ヒュパティアの弟子の一人。もっとも目をかけられているが、皮肉屋で露悪的でもあった。6割は正だが4割は邪などの議論に没頭する哲学より、行動に直結する「信条」を得たいと感じていた。
 暴徒による掠奪がはじまると。その統制のとれたようすと、それを指揮しながらも自分たち自身は財宝に目もくれない修道士たちの姿に、新時代の到来を感じる。そして、今回の襲撃を機に、富を捨て古代の哲学者ディオゲネスのような漂白の旅に出ることを決意する。

 その日の午後、ピラモンは暴徒に囲まれながらも泰然と去ったラファエルのことを考えていた。彼に、老師アルセニウスにも匹敵するほどの高潔さを感じ、圧倒されたのだ。同時に、彼が悪名高いヒュパティアの弟子と知り、混乱もしていた。好奇心と功名心から、彼はヒュパティアとの対決を大司教に願い出た。「大義には殉教者が必要」と考えていた大司教は、ピラモンの提案を受け入れ「反抗や無視はしても議論は挑むな」と言いつけて、彼をムーセイオンに送り出す。


 ヒュパティアを快く思わない者がもう一人、ユダヤ人の妖婆ミリアムである。人買いや高利貸しを営む彼女は、高慢な美女ヒュパティアをキリスト教徒の放逐に利用したいと考え、都督とヒュパティアとの結婚を画策していた。また、ラファエルがヒュパティアに贈った黒瑪瑙(くろめのう)にも執着し奪い取りたいとも考えていた。
 本稿は、チャールズ・キングズリー著「ヒュパティア 古い相貌の新たなる論敵」のあらすじですが、日本語訳はhttp://homepage-nifty.com/suzuri/index.htmに依っています。詳細な訳注も大変参考になりました。ありがとうございました。

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