2020年7月20日月曜日

アーサー王物語 ー ゲーレスとリネット ー

 アーサー王は、5世紀後半から6世紀前半に、グレートブリテン島を中心に大帝国を建設した君主、といわれる。実在した人物かどうかは、歴史家の間で現在も意見が分かれているらしい。

 民間伝承として伝わっていた彼の物語は、12世紀頃から様々な著者によって、創作も加えながら「アーサー王物語」としてまとめられ、「中世騎士道物語」の一つとしてヨーロッパに広く定着した。

ーー ゲーレスとリネットの巻 ーー

 昔のイギリスは今と異なり、何人も王がいて国が小さく分けられていた。そして、領地を広げるための争いが、絶え間なく続けられていた。そのような中、若くして王位を継ぐことになったアーサーには、配下の武将や貴族がすぐには従おうとせず、大変苦労があった。しかし、魔法使いの老人マリーンの助けを得て、それらを鎮め治世にも優れた手腕を発揮したので、他国の王たちも彼を敬いその領地を侵そうと考えるものはいなくなった。

 アーサー王は武芸と義勇の心を振興するために、「円卓の騎士」を創設した。これに加わるには、試合や実戦で力を示すとともに、騎士の誓いを立てなくてはいけなかった。

  • 王と信義に対し、忠誠を尽くせ。
  • 邪教を退け、キリストを崇めよ。
  • 弱き者達の守護者として駆けよ。
  • 虚言を弄せず、虚言に惑わず。誓言を破るなかれ。
  • 乙女への愛は、一途に誠を貫き成就させよ。

 現在のノルウェー地方にゲーレスという王子がいた。名高い円卓の騎士に加わることを夢みていたが、王妃である母は国に残っていてほしかった。それで、あきらめさせようとしてこんな条件を出した。「身分を隠し奴隷のように、王宮の台所で12ヶ月と1日の間下働きを続けることができたなら許しましょう」すると、ゲーレスは断念するどころか、これを承諾し、2人の従者とともに百姓の身なりをして出て行ってしまった。

 3人が、カメロット(現在のウインチェスター)の城で、アーサー王に謁見できたのは、王が円卓の騎士達と食卓を囲んでいるときだった。ゲーレスが進み出て身をかがめると、王が名を尋ねたが「何とぞご容赦ください」と、正体は明かさずに3つの願いを言った。「1つは、1年と1日の間、台所で食べ物を頂かせてください。」「残り2つは、その後に申し上げます。」恭しい(うやうやしい)態度を見て、王はそれを許可し「この者が必要とするものを与えよ。身分ある者として扱え」と命じたが、台所を取り仕切るケー卿は「貴族なら馬具などを望むはず、食べ物を欲しがったのは卑しい身分の証。台所で召使どもの手伝いをさせてやる」と意地悪く言った。

 水仕事などしたことのないゲーレスは、「ボーメン」と呼ばれた。フランス語で「華奢な手」の意味だ。からかわれたり水汲みや皿洗いなどを言いつけられたりしても笑って耐え、一心に働いた。そんなゲーレスに、騎士のガウエーンやランスロットは目をかけ、何かと手を差しのべてくれたが、その度に助力を断り「今のままで十分です」と答えた。

 12ヶ月が過ぎて再び春が巡ってきた。降霊祭を祝うパレードが、騎士や姫たちによって壮麗に行われた。その中で、王妃ギネヴィーアの美しさは際立っていた。祝宴の前に、王が上訴を聞き届ける時間を設けると、美しい娘が現れ、苦しげな表情で助けを求めた。凶悪な騎士に捕えられたある貴族の姫君を救ってほしい、というのだ。娘が子細を明かさないので、王が考えあぐねていると、ゲーレスが進み出て「今こそ残った2つの願いをかなえて下さい」と、言った。王は、ゲーレスが騎士として姫君の救出に向かうことを許したが、当の娘はゲーレスが「台所の下男」であることに腹を立て立ち去ってしまった。

 ゲーレスが娘を追って庭に出ると、従者の一人が駿馬をひき、甲冑を持って立っていた。約束した苦行の期日が過ぎたことを祝う、母からの贈り物だった。ゲーレスは喜び、高名な騎士ランスロットから叙任の儀式を受けると、直ちに娘の後を追い駆けた。それを見たケー卿は、「下働きの分際で」とゲーレスを侮り、「持ち場を離れることは許さん」と勝負を挑んだが、高慢の鼻を折られる結果となった。

 娘は、2人の対決を見ていたが、ゲーレスの勝利は単なる偶然と考え、彼の新品の衣装に対して「台所の椀や皿の臭いがしみついている」とか「雑炊だけをすすっていたあなたに勝ち目はない」「あなたの助けは借りない」など、相変わらずひどい言葉をあびせた。ゲーレスが静かに聞き流していると、そこに一人の男が叫びながらかけ寄り、主人が6名の盗賊に捕えられ殺されそうだ。と助けを求めた。

 ゲーレスが駆けつけ、たちまちのうちに悪漢どもを倒すと、主人は感謝し二人を城に招いた。夕食の席で、娘がゲーレスと同じテーブルを囲むことを嫌がったので、主人はゲーレスの席を隣のテーブルに作り、自分もそこに座った。

 翌朝、出発した二人が川にさしかかると、橋の手前に二人の騎士がいて、行く手を阻んだ。「ケガをするのは嫌でしょうから、逃げていいのよ」と娘は言ったが、ゲーレスは「たとえ敵が6人でも、引き返すことはしない」と立ち向かい、難なくこれを倒したが、「なんと、運の良いことでしょう」というばかりで、娘にとってゲーレスはまだ台所の下男でしかなかった。娘は名をリネットといい、捕われている姫君の妹であるらしい。

 その後も、ゲーレスは、黒騎士・緑の騎士・青の騎士と、行手を阻む騎士たちを次々に打ち破り、その度に騎士たちは30人、50人と兵士を引き連れてアーサー王への服従を誓った。また、リネットもしだいにゲーレスを、頼りになる若者と思うようになっていった。

 ついに、二人はリネットの姉、リオノルス姫が囚われている古城に到着した。城の主人は赤の騎士でこの数日に出会った色の騎士3人の兄弟だった。「日中は七人分の怪力ですが、夜は人並みになります。夜を待って下さい。」と、リネットがていねいな言葉づかいで心配するのを、ゲーレスは有り難く受け止めながらも、「必ず姉君をお救いします。命をかけて」と、暗くなるのを待たずに挑戦の意志を示すラッパを吹いた。

 たちまち現れた赤の騎士の剛力に、ゲーレスは苦戦しついには地に倒され起き上がれそうもなかった。そのとき、声を限りのリネットの声援が響き、ゲーレスに力が戻った。血潮の燃え立つままに敵を跳ね除け、勝利を収めた。

 赤の騎士が、これまでに殺した騎士の数は40人に及び、その罪は死に値するとゲーレスは考えたが、多くの貴族や騎士が続々と集まり、懸命に彼の命乞いを始めた。また、赤の騎士がある婦人の願いを受けて、これ等の行為に及んでいたことを聞き、「婦人の求めに応じたのであれば」と、姫とアーサー王に非道の赦しを請うことを条件に彼を許した。

 姉のリオノルス姫は絶世の美女であったが、ゲーレスは意地っ張りのリネット姫に心を惹かれ、ほどなくして二人の結婚を祝う鐘が鳴り渡った。

「第八篇 アーサー王物語」〜 ゲーレスとリネット 〜 
(テニソン著 菅野徳助・奈倉次郎 訳) 三省堂書店 刊
を参考にしました。

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