2021年2月14日日曜日

フランス革命③[マルグリットと首飾り事件(前編)]

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 「王妃マリー・アントワネット」(遠藤周作著、新潮社)から、フランス革命当時の庶民の代表として、少女マルグリットと修道女アニエスについて、あらすじをまとめた。これはその前編で、虐げられた境遇にいた少女マルグリットが、後に首飾り事件を起こす一味の、仲間に入るまでが描かれている。


 マルグリットは、マリー・アントワネットより1つ年上の15歳。オーストリアからやってきた花嫁をストラスブールの広場で群衆に混じって見物した。大歓声にも臆せず微笑む少女を、マルグリットは「嫌いだ」と感じた。パン屋の女中として、おかみさんにどなられたり叩かれたりしている彼女には、金色の馬車に乗った金髪の少女が妬ましく、羨ましかった。

 その数日後、マルグリットは荷物をまとめ、店から逃げ出した。閉まろうとしている街の城門を、転がるようにして走り抜けると、パリに向かって歩き始めた。パリには、すべての楽しみと贅沢があると聞いた。マリー・アントワネットを見てから「自分も楽しみたい、綺麗な着物を着たい」と思うようになったのだ。

 パリがどのくらい離れているのかも知らないまま、3時間以上歩いて疲れ果て、農家の納屋にもぐりこんで眠った。翌日、盗んだ卵しか口にすることができず、腹をすかしていると、紳士風の男がパンを恵んでくれた。さらに、馬車でパリまで運んでくれた。

 マルグリットは、パリの「オテル・オルレアン」に連れて行かれた。そこは女主人、マダム・ラパンが経営する小さなホテルで、居間にはいつも3~4人の女たちがいて、客がくると一人ずついなくなった。マルグリットは、それがなぜなのかはわからないまま、住み込みで掃除と朝食の準備をすることになった。パン屋のおかみさんと違って、ここの女主人は優しく「ウサギ(ラパン)のおばさん」と呼ばれていた。


 ある夜、サド侯爵と名乗る不気味な男が宿泊した。社会の秩序に縛られない「自由人」を自称する彼は、破廉恥罪で警察に終われる身だった。侯爵から、金貨と引き換えに麻縄で縛られそうになって、泣きながら逃げ出したマルグリットは、やっと、ここがどんなホテルか理解した。

 朝、客の部屋にコーヒーを届ける。空になった部屋の掃除をする。ベッドをなおし、尿器の始末をする。それが毎日の仕事だった。ある日の夜、マラーと名乗る医師を泊めた。連れの18歳くらいの青年は、雨に濡れ熱を出していた。マルグリットが、からだをやすませている彼に付き添い看病している間に、ウサギのおばさんは得意のトランプ占いを医師に披露してみせた。すると、すばらしい強運の持ち主であることがわかったが、同時に出ていた、暗殺を示すカードのことは教えなかった。

 一方、ベッドで横になっていた青年は、少し元気を取り戻すと、自分が医者の卵であることや、マラー先生が革命を準備していることを話した。「すぐに君たちが、もっとましな生活のできる日が来るよ」と語る青年から求められ、いつしかマルグリットは自分の体を許していた。彼は、両手を彼女の首にまわしながら「今度の日曜日、誘いにくるよ」と、ささやいた。翌朝、マルグリットは彼の部屋にパンとコーヒーを運んだが、彼の顔を見ることができず、朝食を置くと逃げるようにして部屋を出た。


 その日の午後、ウサギのおばさんはマルグリットを、目抜き通りの婦人服店に連れて行った。医師が置いていった金貨で、綺麗な服を買ってあげることにしたのだ。しかし、幸せで満たされていたマルグリットの心は、行き交う人混みの中にあの青年の姿を見つけて凍りついた。彼が、見知らぬ娘と楽しそうに歩いていたのだ。

 マルグリットのすすり泣きは、ホテルに戻ってからも続いた。そのうち、あれは妹か従姉妹だったかも知れないと思うようになり、日曜日には、ずっと玄関の方ばかりを見て過ごした。ウサギのおばさんは、そんな姿を眺めながら「かわいそうだねえ。でも、これがすめば、あの子も客をとってくれるようになるよ」とつぶやいた。

 夕暮れになると、マルグリットは心の苦しさをまぎらわせるために、ひとり外に出た。疲れ切るまで歩きたかった。負けるものか、負けるものかと思いながら歩くうちに、あの娘の姿がマリー・アントワネットと重なり合っていた。セーヌ川沿いの広場に出ると、若い罪人が鎖で吊り下げられ、三十人ほどの男女が見物している場面に出会った。苦しむ罪人を見て、可哀想という気持ちは起きなかった。罪人の顔があの青年の顔に重なり「もっと苦しめ、みんなこうなればいい」と思った。その夜に、マルグリットは初めてお客をとり、お金をもらった。


 1660年頃、カフェの中はすっかり政治談義の場になっており、男たちの多くは、王や貴族・司教たちの特権を大声で批判していた。それを、マルグリットは「気がふれているようだ」と思いながら見ていたが、娼婦仲間の一人が言った「マリー・アントワネットは、よそから来たくせに、善良な皇太子をないがしろにしている」という悪口には、胸がすっとする思いがした。

 ある日の夜、あの不気味なサド侯爵が突然にやって来た。追われているらしく、奥の部屋にひっそりと泊まり、翌朝早くに出て行っただけだったのだが、数日後、警吏たちが押しかけウサギのおばさんが逮捕されてしまった。罪人の逃亡を助けたという理由で、ホテルの営業許可が取り消され、おばさんは夏が過ぎ秋になっても帰ってこなかった。

 ホテルが使えないので、女たちは、雨の日も街角に立ってお客を探さなくてはいけなくなった。この頃、彼女らはドクター・カリオストロと名乗る風変わりな男と知り合った。おたずね者たちのために、パスボートの偽造をしているという噂だった。女たちのひとりが、彼の仕事を一度だけ手伝ったことがある。ある老婦人の前で、突然病になり苦しんでいるふりをするが、カリオストロに薬をもらうとたちまち元気になる芝居をすればよかった。カリオストロは、すっかり夫人に信用され、数日後には彼女の屋敷に住み、高額な若返りの秘術を施すようになった。


 ある雨の日の夜、客を待っているマルグリットに、華麗な馬車が泥はねをかけて走り過ぎた。「馬鹿」と悪態をついたが、それにマリー・アントワネットと若い貴族たちが乗っていることは知らなかった。マルグリットが、愛してもいない男たちに体をいじらせては、日々の糧を手に入れていたこの時期、皇太子妃はお供を引き連れて、頻繁にパリに遊びに来るようになっていた。

 また、別の夜には、代金を踏み倒そうとした客から馬車の外に突き落とされた。そのまま倒れているところを、助けてくれたのは、処刑人のサンソンだった。彼は、「ギロチン」について考案者のギヨタン博士と相談し、帰る途中だった。優しく穏やかな男で、熱を出しているマルグリットを連れ帰り、看病してくれた。それだけでなく、元気になったマルグリットを、半ば強引に、修道院に連れていった。

 マルグリットは、水くみや洗濯をしながら修道院で女中としてはたらくことになった。早朝のミサは眠くて嫌だったが、ここにいれば飢えずにすむことができた。それだけでなく、気立のやさしいアニエス修道女から、読み書きを教えてもらえるようにもなった。覚えのはやい彼女は、わずか1ヶ月で、簡単な言葉なら読めるようになった。


 ある日、ウサギのおばさんが、広場で鞭打ちの刑を受けることを知った。裁きの理不尽さに腹を立てたマルグリットは、神父の言った「神の道に背いたから」という言葉にも反発して、外へ飛び出した。処刑場では、すっかり痩せたウサギのおばさんが泣きながら座らされ、鞭が振り下ろされるたびに悲鳴をあげていた。その声を、マルグリットは「一生、忘れるもんか」と胸に刻み込んだ。

 彼女は釈放されたおばさんといっしょに、リヨン行きの馬車に乗った。途中で見かけた農民一揆について、乗り合わせた行商人が「フランスは、イギリスとの戦争で借金まみれだ。増税するしかないから暴動も起きる」と解説してくれた。収穫した小麦12束のうち、自分たちが口にできるのは1束だけで、大半は領主や国王あるいは教会に取り上げられるのだ。同じような一揆の光景を、旅の途中で何度も見かけたが、その度にマルグリットは、復讐心が満たされるような快感を感じた。


 リヨンに着くとおばさんは、マルグリットを連れて、古い友人を訪ねた。友人の亭主ヴィレットは「犯罪者の味方」を公言する、悪党一味の首領だった。彼の今回の仕事は、逮捕されたサド侯爵を脱獄させることだった。報酬が2万リーブル(約2億円)と聞いて、夫人は「高額すぎる」と心配したが、「王妃さまが、腕輪ひとつに30万リーブルも出したのを知らないのか」と言って、気にも止めなかった。また、当時の牢獄はほぼ城塞のようなもので、兵士に銃撃される危険もあり、脱獄は命がけの仕事だった。

 ヴィレット夫人とマルグリットは、牢獄の隊長や兵士らと村の居酒屋で顔なじみになり、洗濯女として牢獄に出入りするようになった。二人は、洗濯物の中から侯爵の下着を見つけ出すと、手紙を縫い込んで脱獄の手はずを伝えた。川の水で手がまっ赤にふくれた頃、宴会の給仕として牢獄の食堂に呼ばれることになり、決行の日が決まった。マルグリットがパリで覚えたテクニックを活かして、隊長らの気を引いている間に、計画は実行された。

 頃合いを見はからってマルグリットが宴席を抜け出し、夫人の待機する荷馬車に駆け込むと、すでに侯爵は洗濯物袋の中に身を潜ませていた。門番にも疑われることなく、馬車が牢獄を離れ、街道を突っ走りはじめると、マルグリットには、意地悪な役人や警察にひと泡ふかせた、喜びと快感が体の底からわき上がってきた。


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