2023年3月16日木曜日

地震災害と人々③ ー阪神淡路大震災ー

 → 次の関連記事

目 次   

 東北地方太平洋沖地震から12年迎え、中学生に当時のようすを伝えようと考えた。ネットで得た情報を中心に、A4の理科通信3枚にまとめたうちの、今回は3回目。


「阪神淡路大震災」

 28年前ですが、近畿地方でも大きな地震がありました。阪神淡路大震災とよばれ、新設された震度7の基準が初めて適用された地震です。  

 倒壊した高速道路の映像も衝撃的でしたし、2階の窓からピアノが外にとび出た、という話を聞いて信じられませんでした。

 地面が、物の落ちる速度より速く下がるので、どんな重い物でも瞬間的に無重力状態になって浮き上がるのだそうです。

 地震に関する補充資料のおわりに、印象に残ったお話をあと3つ紹介します。

― 高校生ボランティア ―

 被害の大きさとは別に、当時の日本人を驚かせたことがあります。それは、大勢の高校生がボランティアとして、かけつけたことです。愛知県からも600人以上が参加し,松本知美さんもその中の一人でした。

「私は,子ども達を公園で遊ばせる係でした。しかし,遊ばせているうちに,『こんなことをして何の役に立つのか』と思うことがありました。『親も家もなくしたこの子たちは,これから大変な人生を送ることになるだろう。結局は自分でじぶんを救うしかないんだ』そう思うと、無力さを感じて落ち込んでしまいました。」

 ここまでは誰でも思うことです。けれども,彼女は夜テントの中で,また考えました。「しかし,ひょっとしたら『あのとき,見ず知らずのお姉さんがやってきて自分と遊んでくれた』という体験が子どもの達の心に残り,自分で立ち上がっていく時の、励ます力になれるかも知れない。そう思うとまたがんばれました。」

 この高校生の想いに応えるかのように,避難所の体育館で毛布にくるまっているお年寄りがポツリと言っています。「何もかも失いました。でも,人の心を得ることができました。」

― 避難訓練 ―
 阪神淡路大震災では、都市のあちこちから火の手が上がり、火災からも逃げなくてはなりませんでした。そのときの体験から、ある人がこんなことを言っています。
 壊れた建物の間を通って火災から逃げます。あちこちで、亡くなって倒れている人を見ました。とても、冷静な気持ちではいられません。
 そんな時でも、落ちついた行動がとれるようになるには、避難訓練をするしか方法がないと思います。

― 遠くて行けないところ ―
 東北地方太平洋沖地震の直後に、雑誌で読んだお話です。災害は、津波だけではありませんでした。

 小学校2年生の教科書に、たんぽぽの話が載っていました。「綿毛は風にのってどこまで飛べるかな?」先生の問いかけで,ワイワイと話し合いが始まります。アイちゃんが「じいじの所まで行きます。」と言いました。みんなが「じいじの所ってどこ?」と聞くと「遠いところで行けなくなったところ」と言いました。
みんなが「天国?」と聞いても,アイちゃんは黙って首をふるばかりです。アイちゃん
のおじいさんは会津で農業をしています。原発の避難地区からは外れていますが,「送った食べ物は全部すててくれ」「もう,ここへはアイを連れてくるな」と言って聞かないのだそうです。

  

前の関連記事 ← 記事一覧 →  次の関連記事

0 件のコメント:

コメントを投稿