2023年3月16日木曜日

地震災害と人々① ー釜石の奇跡ー

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目 次   

 東北地方太平洋沖地震の発生から12年が過ぎた。中学校の理科では、1年生が地震の学習をする。そのとき、生徒から避難訓練の効果を疑問視する意見が出されたので、当時のようすを伝え、考える手がかりにしてもらいたいと思った。ネットで得た情報を中心に、A4の理科通信3枚にまとめた。

①「釜石の奇跡」

 12年前の2011年3月11日の午後3時頃、大きな地震が発生しました。「東北地方太平洋沖地震」と呼ばれています。規模の大きな地震だったので、震源から遠く離れた名古屋や大阪でも建物に被害が出ました。

 揺れだけでなく津波も発生しました。震源から離れた九州に到着したのは、その日の夕方から夜にかけてででしたが、震源に近い岩手・宮城・福島の各県では、地震の直後に約10mの巨大津波が押し寄せました。

 片田教授は、「この地域は、何度も巨大津波に襲われているので、いざという時に備えておく必要がある」と考え、釜石市の防災教育を以前から指導していました。「衝撃的な映像を見て、現地とは連絡がとれず、実は絶望していました。多くの子どもたちが流されたというデマも聞いて、もう防災教育をする資格はないと思いつめました。」と、その時の気持ちを語っている。

- ところが、子供たちは逃げていた -

 現実を直視すべきだと思い直して、14日に現地入りしました。車を降りるなり、市役所の方から「子どもは避難してほぼ全員が無事です」と聞かされました」「正直、力が抜けて、その場で座り込みそうになりました」

 この時のようすを、今はネットで詳しく知ることができます。

- 釜石東中学校では -
 地震で校内放送の設備が壊れたが、生徒たちは、放送を聞かなくても自主的に「津波が来るぞ」と叫びながら避難所までの坂道を登った。そのようすを見て、日頃からいっしょに避難訓練をしていた小学生らも後に続いた。
 避難所の「ございしょの丘」に着いたが、そこのがけも崩れそうなのを見て、男子生徒がさらに高台へ逃げることを提案した。中学生らは、小学生の手を引いたり、途中で出会った幼稚園の幼児用ベビーカーを押したりして走った。
 その直後に、ございしょの丘は津波に飲み込まれたが、子ども達は間一髪、高台へ逃れることができて無事だった。

- 釜石小学校では -
 学期末の短縮校時で、ほとんどの子どもは帰宅するなどして校外にいたが、ここでも全員が津波から生き残ることができた。
 小学6年生の男の子は家の2階にいた。避難する大人たちを見て、弟が「逃げようよ」というのをなだめ、3階の屋上に上がった。
 授業で見た「深さ50cmの水でも流される」というVTRを思い出したからだった。道路には、すでに水が押し寄せており、大人たちでも歩くのに苦労していた。そのようすを見て、自分たちには無理だと判断したのだ。屋上でも水をかぶるほどの津波だったが、2人は助かった。

  


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